林家たい平さんから繋ぐ「マナビィトーク」

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「まなびピア埼玉2009」4日目となる、記念事業・マナビィトークでは「生きることは、学ぶこと」 をテーマに、さいたまスーパーアリーナのメインステージでリレートークが行われました。



平成元年から始まった生涯学習フェスティバルの当初は、生涯学習というのはいったいどんな事なのか?が中心でしたが、今は「地域の中でどう活かしていくか」「其々の人生の中でどう活かしていくか」という二つのことが大切だと言われています。と、ナビゲーターの文教大学副学長・野島正也さんの紹介から「マナビィトーク」がスタートしました。



■落語家・林家たい平さんのスタートトーク
おなじみ笑点のテーマソングとオレンジ色の着物姿で登場。

円楽師匠がお亡くなりになった事への悲しみと、円楽師匠との思い出、円楽師匠からの教えなどを交えて“落語界の中での学び”ということの話から、軽快にトークが始まりました。


話の途中、思い出したかのように自己紹介をはじめ、「私は秩父の出身で林家たい平と申します。林家たい平というのは芸名で、本名は山田隆夫と申します」と言って客席の笑いを誘い“たい平ワール ド”に引き込んでいきました。


「笑う」ということは免疫力を高めてくれ、風邪をひかない体、がん細胞と戦う細胞を増やしてくれたりして、とても体にいい。
大いに笑うと脳の中に発生するので、それだけでも今日はとってもいいことなんです。
昔から「バカは風邪をひかない」と言いますが、「バカが風邪をひかない」ではなく、いつも笑って る人なんです!と伝え、落語の世界に入ったきっかけや、下積み時代の話、隣に住んでいるという老夫婦の話などを面白おかしく話され、会場中では終始笑いが耐えない時を過ごしました。


会場の皆さんは、きっと免疫力が高まったので、今年の冬は風邪をひかずにすみそうですね・・・。




■リレートーク

リレートークのゲストで、川越市出身のプロフルート奏者・綱川泰典さんがトーク前にフルートの演奏を行いました。


フルートから奏でる音色はとても透明感があり、綱川さんの人柄が伝わるような心温まる演奏に会場のお客様も魅了されていました。 



【リレートーク ゲスト】
▽ プロフルート奏者・綱川泰典さんは、幼い頃から弱視で10歳の頃、フルートと出会いました。
途中全盲となるなど、決して平坦ではない道のりを、持ち前のバイタリティと不屈の精神力で乗り切り、武蔵野音楽大学を卒業。
全盲のフルート奏者として、音楽大学初の卒業生、日本初のプロの演奏家となりました。 現在は、演奏会やライブ、全国を回っての学校コンサート、CDのリリース、後進の指導にと、その活躍の幅を広げています。
平成19年に「塙保己一奨励賞」を受賞しています。
※塙保己一賞とは
埼玉県出身の江戸時代後期の全盲の学者「塙保己一」のように、障害がありながらも顕著な活躍をしている方やその支援者の方を表彰するものです。




▽ 女流棋士・中井広恵さん(蕨市出身)は、日本女子プロ将棋協会、所属の女流棋士。
将棋文化の普及などのために講演などを行っています。
平成19年度、第3回さいたま輝き荻野吟子賞を受賞。
※さいたま輝き荻野吟子賞とは
日本で最初の公認女性医師となった「荻野吟子」にちなみ、女性と男性が個性と能力を発揮し、あらゆる分野に対等に参画することができる男女共同参画社会づくりを推進するとともに、郷土の偉人である荻野吟子を顕彰するため、平成17年度に創設しました。



▽ 生涯学習のまち八潮市職員・松澤利行さんは、八潮市は平成3年に埼玉県で始めて生涯学習都市宣言をしました。
八潮市では生涯学習の講座を出前講座制度を作り、全国に普及させた仕掛け人です。




■綱川泰典さん

フルートを始めたきっかけは、普通なら小学校3年生から始めるリコーダーを、小学校1年生の時にNHKの教育番組を観ながら、叔父が使っていた古いリコーダーを取り出して見よう見真似で練習していた。
すると小学校3年生の時には色々な曲が吹けてしまったので、友達や先生がビックリして、いつも喜んでくれた。人前で何かをして褒められるという事は、やはり嬉しいです。人前で音楽をやるというのは、こんなに楽しいことなのだと気付いた。


小学校4年生の時に放課後、先生に音楽室で色々な楽器を見せて頂いたときに、バイオリンやトラン ペット、クラリネットなど見せて頂いたが、興味がわかなかった・・・。その、最後に出てきたのが フルート。
はじめてキラキラ光る笛を見て衝撃を受け、その存在に驚いた。キラキラ光るものというのは目に飛び込んできますし、視力の弱い自分でも、すごくインパクトを感 じる存在です。


こんな笛が吹けて、音が出せたらカッコイイだろうなと単純な理由でした。最初は上手く音を出せなかったが、音の音色を作るという魅力に、とりつかれてしまった。


音楽をやっているとたくさんの出会いがある。印象的な出会いは、九州にコンサートに行った後、自分の事がブログに書かれていると知人から連絡があった。ブログには、「私は、人口内耳の手術をして、今まで聞こえなかったけれども、少し聞こえるようになった。知人にコンサートがあると誘われて行ってみた。自分には音楽なんて分からないと思っていたが、他にも歌手の方や弦楽器が色々出られていたが、その中で特に良かったのがフルートの音色だった」と書かれていたのを見て感動しました。


自分を日々磨いていくことが音楽の成長にもつながっていくのだと思う。
音楽の役割って何だろう?「聞いて爽快になる音楽」「聞いてストレス解消(スカッとする)になる音楽」「聞いて涙が出る、 涙で辛さを洗い流してくれる音楽」・・・、では、自分の音楽はというと、皆さんから「聞いて温かさを感じる」や「心が軽くなっていく」とよく声を頂きます。
障害を持っていてもできることはたくさんあります。皆さんが幸せを感じられるようなメッセージを音楽を通して伝えていきたい。と、自身の生い立ちを交えながら、学ぶことの喜びや楽しみ、励みを語りました。




■中井広恵さん

将棋は父親が趣味だったことがきっかけで、5歳の時に出合った。半ば強制的に将棋を覚えさせられた。


難しく、どちらかというと外で遊びまわるのが好きで、家の中でじっと将棋をするのがつまらなくて退屈でした。なんとか、この将棋の時間から逃げ出したいと思っていた。そのこともあり何年間か将棋とは遠ざかっていた・・・と、ビックリしてしまうような言葉から、将棋との出会いを語りはじめました。


遠ざかっていた将棋は、また、小学校4年生くらいの時に、何かのきっかけで始めるようになった。
5歳の時にやった将棋と比べ、多少、智恵がついてきたこともあり、意外と面白かった。それから本格的に将棋をやるようになった。


5年生の春休みに、初めて小学生名人戦という全国大会に出場。全国から300人位が集まり、メンバーに女の子は少なかった。対戦は来ている子供同士が、自由に対戦相手を見つけて3局指して2連勝すれば予選通過というシス テムでした。
まわりを見渡して、とびっきり小さい、とびっきり弱そうな男の子を見つけて、その前に座ったところ、実際、指してみると目茶苦茶強い。
あっという間に負けさせられた。実はその子が、羽生善治( はぶ よしはる)棋士だったんです。
その後は、2勝してなんとかギリギリ予選通過をしたが、本選の2回戦で負けてしまったので、北海道稚内に戻ろうかと思っていた時に、ご年配の男性の方が「稚内から来てて珍しいね、一局将棋を指してやろう」と声を掛けてくれた方が、後の師匠となる故・佐瀬との出会いでした。


夏休みに佐瀬師匠からプロにならないか、という誘いがありました。条件としては東京に来て内弟子になるという事だった為、父親には当初、反対されていたが、プロの世界へ飛び込んだ。将棋の世界でも、師匠が弟子に直接、将棋を教えるという事はあまりなく、技は目で盗めというよう な芸事の世界で、師匠の生活や勉強している姿を見て自分で学びとりなさいという感じでした。私にとって学びとは、常に好奇心を持っている事、学びたいという気持ちを持っている事が大切だと思う。と、プロ棋士の世界での“学び”を語りました。




■松澤利行さん

八潮市は鉄道が無かったので、不便な町と言われていました。それが4年前につくばエクスプレスという高速鉄道が開通しました。
八潮から秋葉原まで17分、浅草までは10分少々となり、東京と隣接しています。首都高速道路のランプも二つあり、休みの日などは首都高速で銀座まで30分かからず、渋谷でも30分〜40分で行ける様な土地柄です。と八潮市のPRから始まりました。


平成3年に八潮市は生涯学習とし宣言をさせて頂いた時が、八潮市20周年の時でした。二十歳になった八潮市が自ら歩みを進めていくにあたって、生涯学習というものをキーワードに、それを街づくり の基本方針にしていこうとしました。
平成6年に、生涯学習町づくり出前講座というのを全国に先駆けて始めさせて頂きました。出前講座は、市役所の方からご注文を頂いて、出向いて行って話をさせて頂き、皆さんと町の課題や様々な事について意見を交換させて頂くような制度です。


始めると好評で、市役所の職員だけではなく、様々な講師の方でやってほしいという声が上がり、当 初は行政編だけでしたが、民間企業編や、教職員編、サークル編などとやり、2000年には子供編をやり子供が講師を務めたりもした。現在、メニュー8部門で220件、年間、八潮市内での注文件数は約300件、延べ受講者は17,000人となっている。


役所の中での議論と、市民の中での議論が時々食い違う場合があるので、現場を大切にしてこれからも一緒に進めさせて頂きたい。と、語りました。



■ナビゲーター 文教大学副学長・野島正也さん
人との係わり合いの中で、人が育っていくという事を具体的な話をして下さいました。
ある講座に行った休み時間の時に、こんな話しをされました。「何が一番人生の中で辛いと思うか? 先生はどう思う?」と聞かれた。
その方は「一人ぼっちが一番辛いんだよ・・・」とおっしゃった。
人とつながること、人と話ができること、人から影響を受けるという事が、私達にとって大事なこと 。
人を通じて自分が成長できるという、これが一つの生涯学習の姿だと思います。と、まとめました 。



■ピンキッシュミニステージ

「まなびピア埼玉2009」のPR大使、童謡の歌姫ユニット「ピンキッシュ」のミニステージが行 われ華やかさを添えていました。


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        pinkish(ピンキッシュ)プロフィール
平成14年に大利根町で誕生した5人組の童謡の歌姫ユニット。同町出身の作曲家である下總皖一が作曲した「七夕さま」「花火」などの作品をポップス調にアレンジし、童謡文化の普及を図っています。
全国各地でのミニコンサート、市町村や県関係のイベント等への出演を通じて、「大利根町」と「埼玉県」の観光・物産・文化情報を広く発信しており、大利根 町特産品のイチゴのピンク色とメンバーのフレッシュなイメージから「ピンキッシュ」と名付けられています。
平成21年6月に4名全員が新メンバーとなり、同年10月には中里春菜が復帰し5人で埼玉県を中心に精力的に活動しています。
  ☆中里春菜(リーダー)
  ☆西浦真央
  ☆湯本 葵
  ☆斎通未来
  ☆中村香菜絵
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笑いあり、癒しの音楽あり、貴重な体験談などなど・・・素晴しい“学び”の時間を過ごす事ができました。



上田知事と語る埼玉自慢ブログ【彩じまん】編集部・木原真弓

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